「革靴作りの要諦」なるものを書き上げました。

社員への遺言というと大袈裟ですが、

置き土産になればと、「革靴作りの要諦」と題するものを書いてみました。

その1.底付け・仕上げ編 27p 32,903文字

その2.素材編 30p 39,055文字

その3.設計編 44p 38,205文字

その4.製甲編 24p 23,711文字

その5.良い靴とは何か?編 30p 32,637文字

その6.経営編 28p 37,515文字
トータル 183p 204,026文字の大作です。

ほぼ1月で書き上げました。私も今年5月で64歳。

社長業は22年目に突入しました。老害と言われる前に引退を考えるようになったのです。

子供のころから工場に出入りもし、本場英国で1年間勉強もしてきました。

誰よりも靴作りは詳しいとの自負もあります。

これを伝えないで終わってしまってはもったいないとの考えもあります。

問題は、書き物で20万字を超える物を社員がちゃんと読んでくれるか?

そこがポイントです。動画なら見ますよ!と言うのが現代です。

でも私は、活字だから良いのだと敢えて言っています。

この6編に関しては、社外持ち出し禁止にしています。

だって当社80年の歴史の暗部も赤裸々に綴ってあるのですから。

動画で流出するようなことがあったら、間違えなく炎上ものです。

 

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ゴルフと私その8

綴って来た、私の長~いゴルフの歴史ですが、今回が最終話です。

バブル期には当社生産の3割も占めていたのに、近年は海外製のスニーカータイプにすっかり押されて今となっては、ほんのわずかの愛好家たちしか履かなくなってしまった革製のゴルフシューズ。そもそもは、ほんの少しでも良いのでその復権をとの思い出書き出したのです。

かなり難しい事だとは最初から合点承知の助です。

ガンダムチップと名付けて作った最新作。社内からは大正製薬チップではと・・・。

 

ゴルフにおいての道具の進化は目覚ましく、今やウッドと呼ばれているもので木製のものは一切ありません。スコアを追求するが目標の一つですが、他人よりかっ飛ばし距離を稼ぐという醍醐味が何と言っても魅力なのです。スコアが良くなり、飛びそうな道具が発売されれば欲しくて仕方ないというのが、一般的なゴルファーの心理です。

だがしかし、ですよ、靴のおかげでパットが良く入るようになったり、ボールが飛ぶようになったりするのでしょうか?もしそんな機能を謳っているシューズがあるとしたらかなり眉唾ものです。

 

ゴルフは英国発祥で紳士のスポーツと言われてきました。機能で差がないのだとすれば、たまには革製のゴルフシューズをビシッと決めてのプレーはいかがでしょうか?

 

さて私のゴルフの続き。時代遅れの「ファニーなスイング」と指摘され、一度は落ち込んでしまったのですが、『一度限りの人生!何もかも忘れてゴルフ三昧してみたい!』との決意で取り組み始めたのですから、そんなことで諦めてはいけないのです。

齢を重ねたせいで身体の柔軟性もなくなっていたこともあり、指摘されたファニーな大きなスイングをコンパクトなものに徐々に変えて行きました。

使っていたクラブもプロ仕様のものから最新式のお年寄り向けの物に変えました。

アプローチイップス(上手く動けなる症状)に悩まされた時期もありましたが、近くにあったアプローチ練習場に足しげく通い、なんとか克服することが出来ました。

 

それらのお蔭で、メンバーであるゴルフ場から当初目標としていたシングルハンデの称号を貰うところまで来たのです。今年になってからは更に上を目指そうと、はやりのGGスイングと言うのを真似てやっています。

朝一のティーショットで空振りするようなこともありましたが、そのニュースイングも夏場頃からは体に馴染んで来て、1ラウンドに5個のバーディーを取れたりするようになり、遂に10月10日にベストスコアの72で回ることが出来たのです。

 

ゴルフは本当に良いスポーツです。何より年齢において一番長く出来るスポーツだとも思います。ベストスコアを叩き出して間もなく、私が終生のライバルとして付き合った友が急死してしまうという悲しい出来事があり、彼の葬儀では、あの世でも一緒にゴルフを楽しもうぜと弔辞を読ませてもらいました。

 

私には次なる目標があります。①ベストスコアの更新②片手ハンデ(5以下)の取得③エージシュートの達成(年齢以下のスコア)

何よりも「体力の続く限り、ゴルフを続けたい」これが最大の目標です。

それは勿論、『当社製造のゴルフシューズを履いて』です。

 

 

ご精読ありがとうございました。

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ゴルフと私その7

初めてクラブを握ってからだと50年。大学のゴルフ同好会に所属していた後輩から本格的に指導を受けてからだと40年。ゴルフというスポーツに出会ってから長い間、私はゴルフを愛しこそすれ憎んだことは、一度たりともありません。と言いたいのですが・・・。

名前を入れたスニーカータイプのゴルフシューズ

 今から10年ほど前から、月一ゴルファー改め、週一以上ラウンドをするようになり、少しずつ良いスコアが出始めた頃のある日、生命保険会社からのお誘いで女子プロにレッスンしてもらえることになった時のことです。

 

練習場にはその日を楽しみにしていた人たちが押しかけていました。順番が来るのを待っていると私の前に並んでいる人達ほとんどに「あら、お上手ですね~」「全然OKですよ~、そのまま続けてください」と声掛けしています。私はそれを聞いていて、『なるほど、この女子プロは褒めて伸ばすタイプなのね』と合点していたところ

ついに私の番になったら様相が一変。

私のスイングを観察していたと思ったら次の一言。

「あら、ひどい!」

「えっえ~??」私は茫然・・・。『何?何?』と思いながらもめげずに何球か続けていると、次なる

「貴方、よく今までゴルフやめずにいられましたね?」と強烈な一言。

「えっえ~??え~!!!」褒めて伸ばしてくれるんと違うんかい?

 

女子プロによると私のスイング、信じられないくらい「ファニーなスイング」らしいのです。

大学のゴルフ同好会に所属していた後輩から直々に伝授された、あのジャック・ニクラウスばりのスイングが

その女子プロに言わせれば、信じられないくらい可笑しなスイングに見えるんだそうです。

 

「ああ、そうでしょう!そうでしょう!」

「貴方みたいな小娘にはそう映るんでしょう!」

だってこちとらは、今のようなデカいヘッドのドライバーなんかなった時代

小ぶりのパーシモンのドライバー、そう柿の木のやつ、

そしてミスショットでもしようものなら、中からゴムの糸が見えちゃう、

そう糸巻のボール。その時代からやってるんだから!貴方には分からいよね~。

 

私のスイングは、あの当時、皆があこがれて目指したジャック・ニクラウスのような

とてつもない大きなスイング。

 

「ああ、そうでしょう!そうでしょう!」

次々と開発された新兵器の恩恵を受けた貴方には、見たことの無いスイングに映るんでしょうな!

「ファニースイングで結構です~」

てな具合で一度は開き直ってみたのですが、

私はその夜、初めてゴルフに憎しみに似た何かを感じたのでした。

 

 結局、時代には逆らえず、その日以来、私は時代遅れの「ファニースイング」とオサラバするために、また基礎からのゴルフに取り組むことになったのです。

 

つづく

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ゴルフと私その6

 前回お伝えした、私のゴルフの終生のライバルの突然の死。コロナ禍でもあり、現在でも家族だけでの葬儀が望まれているのですが、特別に配慮してもらい、最後のお別れの弔辞を読ませていただきました。まだ彼の死を受け入れられずにおり、これからもラウンドする度に彼のことを思い出すことになりそうです。

 

 さて本編の私の長いゴルフキャリアのダメダメの話を再開することにします。

 アスリート系でもないのに、ジャック・ニクラウスのような大きなスイングを目指したことでもあり、また折角ゴルフの本場である英国でシングルという腕前を得るチャンスだったはずなのに、その時手に入れた50年前(今からだと80年前)に作られたゴルフクラブを使わざるを得なくなったこともありで、いっこうに上達出来ずにいた私です。そこまでに30年という月日が流れていました。

英国滞在時に使っていた、今から80年前に作られたゴルフクラブ

 本番のラウンドがなかなか出来なかった分、結構まめに練習場には通ったものでした。たまには本人もびっくりする球を打てたりもしていたものですから、見ず知らずの人に「教えてくれませんか?」などと声を掛けられ「えっ?僕が貴方に教える?」なんて私自身がビックリする事も有ったりしました。所謂、練習場プロって言うやつです。しかし、月1回しかないゴルフ場での実践ラウンドとなると、人が変わったようにダメダメゴルフになってしまうのでした。

 その私が、たまたま先輩の父親の葬式で聞いた話を基に、『私も一度限りの人生!何もかも忘れてゴルフ三昧してみたい!』と決意を新たにしたのです。それからは、月1回だったラウンドをまずは毎週の土日いずれか1回は必ずラウンドと改めました。そして平日行われている銀行や仲間内で開催しているコンペにも積極的に参加するようにしたのです。そして冬の間封印していたラウンドも、雪のないところまでの遠征をすることにして、1年間出来るだけのラウンドをすることを決意したのでした。

その結果、代表的な月一ゴルファーが、月に最低56ラウンド、年にすると7080ラウンドするゴルファーになっていたのでした。

 

「それでスコアの方はいかが?とあいなったのですか?」

まだ、その質問にはまだ答えられません!だって、これからの話も長いですから!

 

つづく

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ゴルフと私その5

 今回ゴルフについて語ろうと考えたきっかけは、先日行われた日本オープンで当社製のゴルフシューズを使用している池田勇太プロが優勝しそうな気がしており、そうなればそれを機に当社製の靴を欲しがる人が続出しないかという、さもしい考えもあったのでした。そして、私の腕前の自虐ネタを交えて進めようと考えていた矢先に悲しい事が起こってしまいました。なので今回は趣旨を変えて書くことと致します。

カラフルなゴルフシューズ

 私にとってゴルフの終生のライバルと呼んでいた友人が急死したのです。亡くなる前日もミニコンペが行われており、彼が優勝。私が2位でした。表彰式では、いつものように豪快に笑い・食べ・飲んで楽しそうに仲間と話していたのに、翌朝に彼は帰らぬ人となったのです。なんとまだ満59歳。あまりにも突然であまりにも若すぎる彼の死を、私はまだ受け入れることが出来ずにいます。

 

 彼は、私より4歳年下です。高校も同窓で、私が大好きなThe Bandの曲を演奏するバンドのメンバーだったり、同じ地区内で事業経営する家の長男だったりと似た環境にいたため、昔から気になる存在でありました。しかし、深く付き合いだしたのは、何と言ってもゴルフで一緒にラウンドするようになってからでした。身長185cmの大男。背筋は計器が振り切れるほどの力。中学ではバスケ部に所属し、学業も優秀だったため、女子には大モテで、卒業式には、学生服のボタンを全部取られたとは、本当かどうかは怪しい彼自身の証言です。この話には、オチがあり、年を取ってからは、同級生の女子から「あら、こんなになっちゃったの・・」とがっかりされるというものでした。

 10年以上前、私が本格的にゴルフに取り組む前の話です。私のベストが82点。彼のは81点でした。そのたった1点の差で、私にマウントを取りに来るものですから私はムキになって「それじゃ、どっちが先に70台を出せるか!勝負しようじゃないか!」となったのです。彼はまじめな経営者で平日は一切ゴルフをしませんでした。私は年間に70~80ラウンドもするようになったので、その勝負はあっけなく私の勝となったのです。彼のヘッドスピード(クラブの速さ)はプロ並みに有ったので、当たればすごく飛ぶのですが、曲がりも大きく、OB(打ち直し)になることが多かったのです。口の悪い人は、彼を称して「ただ飛ぶだけの男」などと呼んでいました。

 私が、70台を出すようになってからは、何故か彼とのラウンド数が減りました。彼は負けず嫌いです。調子が上向いてくるとお誘いの電話が鳴ります。でも所詮ラウンド数が各段に違っていたので、返り討ちになる方が多かったのです。

 亡くなる前の日の優勝もダブルペリアというハンデがランダムにつくやり方で行われました。幹事を彼がやっていたので、「裏で細工しただろう!」と私は言ったのでした。息子さんが後継ぎとして育ってきており「そろそろ平日も出来るだろう!」「またスクラッチ(ハンデなし)で勝負しようぜ!」と彼との真剣勝負を楽しみにしていた矢先、訃報が入ってきました。

眠るように横たわる彼の枕もとで、「バカヤロー、なんでこんなに急に!若すぎるだろう!」と涙が止まりませんでした。

先に天国で良いゴルフ場を見つけて腕を磨いておいてもらい、そっちでの真剣勝負のラウンドを期待することになりました。ご冥福を祈ります。

合掌

思い出したことがありました。彼は足もデカかったので既製品では履けず当社のゴルフシューズを愛用してくれていました。

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