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2006年4月

ニューヨーク戦記Ⅷ

VINCENT&EDGAR店内
Shop3
 英会話に対するプレッシャーに加え、
予想以上のテンションの高い手応えに疲労困憊の第2ラウンドでしたが、
メトロポリタンでの休息は、すっかり私をリフレッシュしてくれました。
 
 第3ラウンドは滞在五日目(実質最終日)の午後おそくに行われました。
 
 お店に伺うとすでに御夫妻でお待ちでした。
早速、近所のオープンカフェに場所を移すと、
「今日これからの予定は?」と聞かれたので、
「6時半からのミュージカルを見に行きます」と答えました。
彼はチラッと時計を確認し「OKじゃー、行くぞ!」というなり、
箇条書きに用意していた質問状を次々に読み上げます。

 どうやら前回の訪問で私が手渡した資料をしっかり読んで、
不明な点をチェックをしてくれていたようです。
2つ3つの簡単な確認と3つ4つの対応出来るか?の要望を出されたので、
私の堪能な身振り手振り会話で分かり易く説明しました。

 そこで最後に出した彼の結論は、
「OK!何も特別なことはしない」
「君のやっているシステムそのままで取扱おう!!」
というものでした。
その後、店に並べるのに必要なサンプルの発注を
つぎつぎとしてくれたのです。

『これほどまでに完璧な商談!!!』

私の『ニューヨーク戦記は完全勝利で完結!!!』と
お替わりしたエスプレッソをじっくり味わいながら
これが夢でないことを確認したのです。

 しかし、『まだまだ、まだまだ』と
私の心の奥底の極めて控えめな良心が呟くのでした。

『このニューヨークで実際にお客様に履いていただいて
リピーターが続出してもらえるようにならなければ
勝利したとはとても言えないのだ』と。

「ニューヨークで当社の靴を販売していただけることは
 私だけでなく当社の社員全員の誇りです」
「私たちは、日本で靴作りにベストを尽す所存です」
「私たちは、あなたが当社のシステムをしっかり把握し
お客様に喜んでいただけるサービスをしてくれると信じています」
「私たちはビジネスが必ずや成功すると信じています」

 そして、私が今回の商談を無事締めくくる為、
選んだクロージングの言葉は、

「近い将来、あなたと私でやり遂げるビジネスが成功を収めた時に
私のミドルネームにVINCENT&EDGARが加わることでしょう!!!」
(伝わったか?どうか?は分かりませんが、彼はニンマリとはしてましたです。ハイ)

 その後、御夫妻からは、ロシアのマリョーシカ人形とキャビアの缶詰の
おみやげまでいただき、さらにミュージカルの会場前まで送っていただきました。
本当になにからかに(海老)までお世話になりました。

 最後の最後、今回唯一の私の私自身への贈り物。
ミュージカル『美女と野獣』の観賞。
宮城(ミヤンジョウ)さんなら「ふんっ」て感じなんでしょうが、それはそれ。
大詰めの場面では、内容とともに今回の自分の戦果を思いあわせ感情を最大移入。
フィナーレでは『ブラボー』って言って立ち上がっていました。
私たちは素直に、大いに楽しんだのです。

Beauty翌日、再度23時間の移動を経て、無事我が家についた『美女の参謀と野獣の私』。
飛行機の中でも、家にかえってからも、
今回の旅の思いでを何度も反芻しては、
再度訪れるいつの日かを夢みているのです。

 いかがでしたか?私のニューヨークでの戦いぶり。
その後の私は、着いた翌日からすでに
会社でも家庭でも『日頃の戦い』に戻っています。
会社で少しでもサボれば当社の元老院が黙ってはいませんし、
家庭サービスで手を抜けば『美女の参謀』が野獣に豹変しますんで、ハイ。
これからもなるべく
「トホホ・・・」とならないようにガンバリます。

●お知らせ
ニューヨークVINCENT&EDGARでの
当社カスタム・メードの商品の取扱いは
今年7月の中旬を予定しています。
お出かけになった際は是非お立ち寄りください。

最後までのおつき合い有難うございました。

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ニューヨーク戦記Ⅶ

Shop2 本格的な戦闘(商談)は、滞在三日目に訪れました。
「午後2時に店に来い」とのことでしたので、
レキシントン・アベニュー、70丁目にあるお店に
時間通りに伺いました。
この辺りはマンハッタンのアッパーイーストと呼ばれ、
高級住宅が立ち並ぶ場所で、確か映画『ティファニーで・・・』で
使われたアパートもこの辺りだったと記憶しています。
 レキシントン・アベニューは五番街(フィフス・アベニュー)や
マジソン・アベニューの高級ブティック街とは違った趣で、
アッパーイーストに暮らす人たちが主に日常使う品を扱っており、
まさに御用達といった風情の小さな専門店が軒を列ねています。

 まず軽く挨拶を交わすと主人(あるじ)は私のことをしっかり
覚えてくれていたようでした。
英語に難のある私ですので、事前に当社の商品説明のほうは、
パソコンの翻訳ソフトを使いしっかり英訳してありました。
「これを読んでもらえば当社のオーダーシステムのことは理解できます」と
いって『A4サイズ』でプリントしてあった分厚い資料を手渡しました。
『後は読み終えるまで待ってよう』と余裕で構えてましたところ
3行も読み進まないうちに
「こんなのはどうでもいい!言葉で説明してくれ!」と
折角あんだけ時間をかけて作った資料は脇に追いやられてしまいました。
「え—っ!!」
この時、私は吾を忘れて本当に日本語でそう叫んだのです。

 浅慮に過ぎました。
常日頃から深い洞察と緻密な戦略で、すべての戦いに勝ちを
おさめてきた自称武人の我が輩にしては、
『読めば分かる』程度でうまく行くはずはな〜いですよ、やっぱ。

 ということでつばぜり合いの緒戦は、軽く敗退。

 その後、身振り(40%)手振り(55%)を交えて商品説明。
時々彼は、絶妙な質問。
って言うか、かなり専門的な質問。
さすがにビスポーカー(プロフェッショナル)。
約一時間半、汗だくで悪戦苦闘。

 そこで、最後に彼は一言、
「多分、僕は君より興奮しているヨ!!!」
「この商品、ビジネスとしての可能性を十分感じる!!!」
って、言ってくれたのです。

この瞬間、私は電車男よろしく
キタ━━━━("∀")━━━━!!!!
って、こころの中で叫びました。

当社社員、並びに取扱店様御一同様、
そして日頃、当社の製品を御愛顧いただいている皆々様も
ご一緒に
キタ━━━━("∀")━━━━!!!!

 そうです。これでこそニューヨークくんだり(失礼)まで
来た甲斐があったっていうもんですョ!!

 当社の展開するカスタム・メードのシステムが
認められた瞬間でした。
(私の目にはうっすらと涙。感動!!)

 以前、ある人から欧米には、『フルオーダー or 既製のどちらかしかない』
『日本の様にシステムとしてカスタマイズドするメーカーは存在しないんだ』と
聞いたことがあり、
『もしかして可能性あり?』と、希望をもっていたのですが、
目標の一軒目から予想以上の手応え、には正直驚きました。
(もしここがダメなら、滞在中に出来るだけ多くの店に
カタログを置いて帰ろうと心に決めていたのです)

 その後、彼が買って来たコーヒーをいただきながら、しばし雑談。
今後、数点サンプルを作り、詳細はメールでやり取りするということで
商談が一段落し、初期の目的は十二分に果たしたと確信。
『今回の戦いも勝ったど-』と日本に胸を張って凱旋帰国、
『ふっふっふっ、後は観光三昧』と
ひとり幸せな瞑想にふけりはじめたのも束の間、
お伝えした通りその日は夜遅くまで、
『本当に有り難いほどおつき合い』をしていただいたのでした。

 次は、いよいよ最終章!
ここまできたら最後までおつき合いください。
「トホホ・・・」とならないことを祈りながら。
To be continued.

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ニューヨーク戦記Ⅵ

 滞在五日目は実質最終日。今日一日が勝負です。
午前中は、愛しい故国を守ってくれている両父母、
それに今回の軍資金を提供してくれたリッチな伯母上、
さらにおまけでカワイイ娘たちに持ち帰る戦利品を
ゲットする為、今が旬のCOACH(コーチ)で、
バックやら財布を買いまくりました。

 午後には、小さめの美術館を二つまわり、
いよいよこの度の戦いを完全勝利で終わらせるべく
最後の戦闘に臨んだのです。

 ここまで引っ張ってきましたが、
目的を明かす時が来たようです。

 今回、私がはるばるニューヨークに来た真の目的は、
当社が展開するカスタム・メードの靴を
『是非ニューヨークで売って見たい!』ということにありました。
まずは『その為の足掛かり』だけでもつけたいとの思いでした。

 あてがまったく無かったわけではありません。
まず狙いをある店に絞りました。Shop_1

その店の名前は『VINCENT&EDGAR』
(ヴィンセント&エドガー)
972Lexington Ave. New York,NY10021
靴だけを扱った雑誌にも載っている
靴のビスポーク(完全フルオーダー)を手掛ける名店です。
そこの主人(あるじ)が目的の人、
Roman Vaingauz(ローマン・バンガウス)です。
彼はベラルーシの出身で20数年前にニューヨークに移住し、
そのままこの店を引き継ぐことになりました。
彼のお父さんもお祖父さんも靴職人だったようです。

 彼とは一度、ある人の紹介で3年程前に日本でお会いしていました。
その時は、単なる挨拶程度の会話だったので、事前に当社が
カスタムメードのサービスを始めた事、その件で伺いたい旨の
手紙(ラブレター)を送っていたのですが、
予定の日が近づいてもいっこうに返事はなく、
取りあえず飛び込み的な渡米となりました。

 今回の売り込みが成功するか?どうか?は、
私にとっては『人生最大の勝負』と意気込んでいたわけで、
その面で、商談は『戦いの場』と考えて臨んだのです。

 その第1ラウンドは敢え無く(会えなく)不戦敗。
このことは戦記Ⅱに記した通りでありますが、
「だって案内にはAM10:00〜と書いてあるのに
11時〜1時30分まで待っても店開いてないんだも〜ん」
えー確かに『アポイントが必要』とも書いてありました。

 仕方なく、名刺に今ニューヨークに来ていることと
携帯の番号を書き残すことでこの日の戦闘は回避せざるを
得ませんでした。

 第2ラウンドは本格的な戦闘に!
いよいよ佳境???


To be continued.

『えー!まだ引っ張るの〜?』
愛読者の巨匠様、
ごめんなさい。こんな私です。
「トホホ・・・」

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ニューヨーク戦記Ⅴ

 滞在四日目、朝。目覚めた時には11時を廻っていました。
身体は相当くたびれているのに神経が妙に覚醒。
深い眠りにつけたのは5時頃です。
考えてみれば、初日の移動(山形〜成田〜ホテル)に23時間。
続けての二日間もそれぞれ10km以上を踏破。
おまけに14時間の時差と言えば、朝と夜が完全に逆転。
はじめてのニューヨークにハリキリすぎの私たちは
やはり『時差ボケ』には抗し切れないのでした。

 隣の参謀に目をやると
どょーんとした眼差し。
顔にしっかり『疲・れ・てます』と書いてあります。
「どうする?」と聞くと
「今日はとても出掛けられません」とどんより・きっぱり。
「あんなにガツガツ喰うからだよ!」と言いたいところを
ぐっと飲み込んで目的の人に電話を掛けました。

 「うちの家内が疲れきって・・・
 今日一日は休むことにしたいん・・・・だ」
 「明日もう一度、電話をするから」と
すこしホッとして再度ベットにもどり午後まで休む事に。

 2時頃、さすがに丸一日を棒に振るわけにもいかず、
『メトロポリタンに行くだけ行って見よう』ということになった。

メトロポリタン美術館
The Metropolitan Museum of Art
セントラルパーク中央東側に位置し、ニューヨーク美術界の頂点に立つ。
300万点に及ぶ貴重な美術品を所蔵している。
(大英博物館とルーブルを足した感じ?)

 行く前から、メトロポリタンは最低3日は掛かるとか、
1週間でも廻り切れないとか情報を得ていた所です。
疲れた身体ではとても全部を見るのは無理と覚悟はしていたものの、
その規模に圧倒され続けたのです。
大きい上に、全ての展示場が迷路のような仕掛け、
順路(→こっち)などは存在しない、
同じところをグルグル、ぐるぐる、
『ここはどこ、わたしはだれ』
さらに疲労は増すばかりです。

 このままでは、日本人初のメトロポリタンでの
遭難&へたれこみ事件に発展しかけない状況に
『八甲田山死の彷徨』の神田大尉よろしく
「天は我々を見放したか!!!」と叫びたくなりました。

 そこは自称武人の我が輩、なんとか地下にレストランを
発見し疲れ切った参謀を一時避難させ、休息を取らせる事に。
活路を見つける為に再び巨大迷路に突入。
そこで出逢ったのがこちらの作品。
VINCENT VAN GOGH 靴/ShoesGogh説明文には、
ゴッホはパリ滞在期間中、5枚の靴の絵を描いた。
1888年の晩夏にアルルで描かれたこの絵は
静物画への回帰をはっきり示している。
イエローハウスの赤いタイルの床という特別な空間に
その靴を配置したことは初期の仕事と同じではない。

と書かれてある。

 「ヘ〜、ゴッホに靴の絵があったんだ」
しばらくこの絵の前にたたずむことで
癒され、少し元気を回復した私でした。

 その後、レストランのテーブルに突っ伏して寝ていた
参謀を叩き起こし、無事生還。
帰途のタクシーの中では購入した靴の絵のポスターを
胸に抱きながら明日は戦い最後の日
「勝利するまで戦うぞ〜!!」と気合いを
入れ直したのです。

 しかし、ほんと最低3日はかかりますね!
メトロポリタン。

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ニューヨーク戦記Ⅳ

誰もがピカソは天才と再認識する
『白い女』
Picaso
 ニューヨーク近代美術館
Museum of Modern Art(MoMA)は、53丁目の5番街と6番街の間に位置し、
モダン・アートという点で世界屈指の内容を誇っています。
たまたま金曜日の夕方は無料解放日。
普段25ドルの入館料もタダということで超ラッキー。
今回の目的の人と三人で入ったのでしたが、その彼
「閉館時間の8時に迎えにくるから!」と言い残し去ってしまいました。

 お陰でゆっくり二人で廻ることが出来ました。
館内には、なにやらうちの娘が幼稚園の時に描いたような作品から
特別展示のEdvard Munch ムンク(私の心境そのままの)『叫び』、
家内お目当てのMark Rothko マーク・ロスコ(ただの横線)、
(干涸びた彫像の)Alberto Giacometti ジャコメッティ、
数々の有名どころから日本の工業製品まで展示されていました。

 3時間も夢中で歩き回り、8時になる頃にはもう一歩も歩けないほど疲労困憊。
そこに目的の彼が奥様をつれて登場。
「レッドロブスターを喰いに行こう!」
胃の弱い私は、胃の方もお疲れモード知りながら、断ることもままならず
思いっきりの笑顔で「私も家内も大好きです!」と答えていました。

 ミッドタウンから23丁目あたりのダウンタウンまで車を飛ばし
着いたのは、『ドン・キホーテ』(ディスカウントではありません)
という名のスペイン系レストラン。
予約をしてくれていたので良かったのですが、店内は満員御礼状態。
鉄板の上の鯛(まな板の上の鯉と言いたかった我が家のアホ娘の開発した新語)
の我々は注文の全てをお任せしました。

 まず最初に出て来たのは、
ビーンズ・スープ、生ガキ、タコのフライ。
全てがおいしく、タフな人ならば平気で平らげるところなのでしょうが、
ボリュームが凄い上に、なにせ私のお腹は一足先に閉店状態、
顔の方は『スゴ〜くおいしいです』を装いながら、
口に運ぶ量を極端に少なくする作戦実行中です。

 ふと私の参謀に目をやるとスープも生ガキもペロリ。
『そんなにハイペースだと最後までたどり着けないぞ』と目配せするも聞く気なし。
つづいて
メインのロブスターはプレーンとグリーンソースとガーリックソースの三種、
添え合わせは、ポテトフライにインゲンの炒めものにフライド・ライス。

 さすがに参謀もこたえたらしく、私と同じ作戦に移行。
デザートはカラメルプリン、仕上げにエスプレッソ・コーヒー。
時計に目をやるとすでに11時を廻ったところでやっとお開きとなりました。
日本以外では、単なる「ごちそうさま」では済まないことを知っている私は、
「今夜の食事は、私が経験した中でベストでした」ぐらいのことは、
平気で言いました。

 ホテルまで送っていただき、これで本当に解放と思っていたところ
「明日は何時に会える?」って聞かれて耳を疑いました。
「トホホ・・・」残り2日は観光三昧と思っていた私は、
最後まで戦い抜くまだ本当の武人にはなりきれてないようで・・・。

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ニューヨーク戦記Ⅲ

ミュージカルで踊る時の靴
つま先が下に伸びるように工夫されている
Musical14
 滞在三日目、午前中はうちの参謀が手配していたブロードウェイの舞台裏ツアーに参加。
案内してくれたのは鹿児島生まれの「ミヤンジョウ」さん。
「どう書くのですか」と聞いたところ「宮城県の宮城と書きます」だって。
なにやら『縁』を感じずにはいられません。
彼は、10数年前、ミュージカル・スターに憧れてニューヨークにやって来た。
踊りの勉強をしながらオーディションを受け続けるもついに夢叶わず。
現在は、日本へのブロードウェイの情報発信を一手に引き受けている。
俳優の『田中 健』似の美男子である。


 ミュージカルに所縁(ゆかり)のある場所を何ケ所かまわり、
ブロードウェイの何たるかの講釈を受けました。

1,000席以上だとブロードウェイ
500席ぐらいだとオフ・ブロードウェイ

 普段だと絶対気が付かない本屋の地下に20席程の会場があったりして、
借りるのに5〜6万円の費用とか。

 入り口に看板を上げ、道行く人にただ券をくばり
「日本から来ました。どうぞ見てやってください。」
お父さんが客を引き、お母さんが司会者。
妹が下手なピアノを引いて、これまた姉が下手な踊りと唄を披露する。
それでも立派なニューヨーク・ブロードウェイ・デビューとなる。
(どうですか?おたくの可愛いお嬢さんのオフ・オフ・ブロードウェイでのデビューの可能性?)

 その後、ブロードウェイで履かれている靴の製造元を見学。
(観光を兼ねてはいますが、ちゃんと仕事は
しているということでご容赦ください)
さらに衣裳を手掛けているところも見学。
たっぷり半日かけてのツアーでした。

 午後からは、昨日果たせなかった目的の続き。
挨拶もそこそこに、作戦遂行に。
2時間あまり英会話がたたり、悪戦苦闘・・・
は、したものの想像を遥かに上回る戦果。
さすがに私、百戦錬磨の天才武人。
(この間の戦いぶりも後日お伝えします)

 一段落してやっと解放と思いきや
「ニューヨークに来たからにはMoMAを見ないで返せない」と言われ
「Let's go to MoMA」となりました。

ご好意はうれしいのですが、
午前中からかなり飛ばして少々疲れ気味。
「トホホ・・」この戦い夜まで続くのでした。

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ニューヨーク戦記Ⅱ

五番街のコールハーン
P1010016
 3月22日・18:55発JAL048便は所用時間12時間20分で
現地時間同じ22日の17:15にニューヨークのJFK空港着。
時差が14時間逆戻りの為、いきなりのタイムストリップ。
(儲けた気分という意味)

 JFK空港での入国審査では、さすがにセキュリティーが厳しく、
まずエディーマーフィー担当官から指紋を採取、顔写真もすっかりデータ化、
つづいての通関業務はリチャード・ギアが担当。
ピックアップに来てくれた旅行会社・渡辺さんの案内で
すっかり暗くなったニューヨークの町並みを見ながらいざ宿泊先のホテルまで。

「東京と似てる」というのが第一印象。
大きな墓地の先に見える摩天楼の夜景を見た瞬間「ニューヨークに来た」と実感。
途中道に迷いながらもなんとかホテル「マリオット・ブルックリン」に到着。
早速ニューヨーク滞在のレクチャーを受ける。

水道の水は基本的には飲めること。
(滞在中は念の為、すべてミネラル・ウォーターで対応)
地下鉄(サブウェイ)は今では安全で便利。絶対利用すべき交通手段であること。
(毎日お世話になりました)
タクシーは黄色のキャブなら基本的に安心であること。
(一度もボラれませんでした)
食事はお金さえだせばおいしい。
(お金を使わなかったので、おいしいものにはありつけませんでした)
公衆トイレがなく、お店とかにも無い場合が多いので
出来る時にしっかり用を足すこと。
(いつもトイレの場所をきにしていました)
気温は、今年は比較的暖かとのこと。
(東京よりは寒く、雪のない山形なみ?)
などなど

心構えを聞いて一安心、到着一日目は終了。

二日目は、家内一人でニューヨーク名所巡り1日ツアー。
AM8:30に街の中心部のホテルに集合するということでAM6:00起床。
AM7:30ホテル出発。
初サブウェイ。10ドルのプリペイドカードを購入。
入場の際、読み取り機をなぞってGOのサインを確認し、バーを押しながら駅構内に入るシステム。
利用料は1回2ドル均一で目的地まで。
少々とまどいながらも何とか目的地のタイムズ・スクゥエア近くの
集合場所のホテル「ウィンストン・ニューヨーク」へ。
                                                                                                                                                                                                                                                        
ツアーの参加者は家内の他・若者(もちろん日本人)3人の計4人。
見送った後、取り残されたのは私一人。
近くにマクドナルド探し、そこで作戦を練ることに。

地図で本日の目的地を探すと3km強の距離。
時間は充分あるので、途中五番街のブティック街をゆっくり見ながら歩くことに。
11時に目的地周辺に到着。
その後、1時間30分の間、周囲を散策しながら時間を潰すも
肝心の相手が現れない。
結局の本日の目的なにも果たせず。

結果、帰りも歩く事に。再度3km強の距離。
ほとんど出発地のタイムズ・スクゥエア目前で、持参した携帯に着信2件を確認。
待ち合わせ場所のホテルのロビーに急ぎ、着信履歴に電話を掛け直すと
まさに本日の目的の相手。
「これから会えないか」の問いたが、
すでに6km踏破の疲れで気力喪失気分。
プラス家内との待ち合わせ時間目前の為、
翌日午後に面談を設定してもらう。
少し「ほっ」とする。

時間通りに家内、無事帰還。
何やら充実感ただよう、笑顔。

「あー楽しかった。私、今日一日で、ニューヨークを満喫してきたわ!」
3人の若者は関西の私大の英文科の学生で、彼等に守られながら
ニューヨークの要所はほとんど廻ってきたとのこと。
ちなみに今回、許されるならば観光で
私がここだけは行きたいと思っていたジョン・レノンが射殺された場所、
「ダコタ・ハウス」にもしっかり行って来てたこと。(裏山歯科)

それから30分程、本日の充実度をしゃべくりまくった後、
私の戦果が上がらなかったことを再度確認し
彼女はその差のお陰で、ますますルンルン度を上げ続けていくのでした。

夕方から日中下見をしていた五番街のブティックをウィンドーショッピング。
セントパトリック教会の内部を見学、しばし私は、日本での悪さ加減を懺悔。
〆(締め)はティファニーで下の娘へオープンハートを購入。
家内はトイレの場所を聞いて用足し。(滞在中一番のトイレだったということです)
気分はオードリーで「ティファニーで用足しを」です。
しっかりマーキング(足跡を残す)をしてくる私の参謀はたいしたものです。
「トホホ・・」さーて明日からが勝負だ。

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ニューヨーク戦記Ⅰ

Caesar
 今度の私のニューヨークへのはじめての旅を一言で表すならば、是非この言葉を借りたい。
「来た・見た・勝った」

 但し、実際に戦ってまだ完全な勝利を収めたわけではないので、正確な最後の表現は、
「勝てそうな感じ」ってとこでしょうか。
しつこく現代(いま)風に言えば、
「行って来た・見て来た・って言うか、勝てるかも」
(俄然、軟弱さが隠せなくなってきました)
 
 今から約2050年前の古代ローマ。ライバル・ポンペイウスとの戦いに終止符を打ったカエサルは、低くはなかった鼻の持ち主・クレオパトラに肩入れし、エジプトの王位継承問題にけりを付けた後、さらに小アジアまで足を伸ばし、ポントス王・ファルケナスを破った。この時、元老院に送った戦勝報告が、かの有名な「来た・見た・勝った」であった。天才的な武人であり、政治家でもあったカエサルは、これ以前、ガリア(現代のフランス・ベルギー・スイス・オランダ)での戦いぶりを「ガリア戦記」として本国に伝えていた。その史料は後の歴史家に書く意欲を失わせるといわれた程の名著なのだ。カエサルは文筆家としても天才であった。

 話をニューヨークに戻します。
 今回のニューヨーク行きの目的はまだお教え出来ません。ゆっくりお話しします。しかし私は確かな目的をもって今回の旅に出たのです。、たんなる休暇の為に出かけていったのではありません。その証拠に今回は家内を同伴したのですから。
 旅券、宿泊先、少しは息抜きのオプションの観光のすべての手配を家内にまかせてありました。うちの家内は、ちょっとしたドライブでも立ち寄る道の駅毎に、すべてのパンフをカキ集めてくる程に、情報収集能力にかけては超一流なのです。カエサルにも付き従っていなかっただろうそんな天才的参謀を従えた私の旅は順風満帆にみえたのですが・・・。

 まず問題の第一は飛行機の中で発覚しました。ニューヨークの地図をしげしげと眺めていた家内は「あちゃーまずい」となにやらつぶやいています。機内で、いただいた赤ワインをゆっくり楽しんでいた私は「何、どうしたの?」と、まだ余裕の返答。
「どうも予約したホテル、場所が違っていた見たいで・・・」と彼女。
 ニューヨークといえばほとんどの機能をマンハッタン島が有しており、今回の戦いの場も、まさにその中に。
取り上げた地図でホテルの場所を確認すると、毎日訪れるであろう中心街までは、タクシーか地下鉄で通う事になりそうな距離であった。
 「ニューヨークのタクシーや地下鉄といえば・・・」
気が弱く、ストレスがすぐに胃に集中してしまう体質の私は、その後の機内食も半分しか喉を通らない。
「トホホ・・」これから先が思い遣られるのでした。

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Coming Soon

ニューヨークのとある店で
Shop
突然ですが、私と家内の二人で先週ニューヨークに行って参りました。私にとっては初めてのアメリカ。
(ニューヨークはアメリカではないと言う人もいますが・・・)
その珍道中をまもなく「ニューヨーク戦記」という名でレポートしたいと思います。

何故、戦記なのか?この度のニューヨークへの旅はまさに戦いだったからです。

実は私、現在、塩野七生(しおのななみ)さんという人が書いた「ローマ人の物語」というのにどっぷりはまっていましす。今から二千年前の「ローマ人の生きざま」。なんとすばらしいことか!
私は、はじめこの作者は「ななお」さんという男性の方だと信じて疑いませんでした。女性では絶対こんなに現実面を評価した面白い歴史小説(歴史もの?)は書けないと思っていたからです。後から「ななみ」と呼ぶ女性と知ってビックリ。
間違いなくお勧めの本です。
但し、1册の厚さがものすごいですし、10数冊のシリーズものですから覚悟して読んでください。

その本であらためてユリウス・カエサル(英語読みジュリアス・シーザー)の偉大さを再認識させられました。
私は、映画での「ブルータスお前もか」ぐらいの知識しか持ち合わせていなかったのですが、この本を読む事によって、カエサルは私の中で今まで一番だった日本の誇る大天才・信長をはるかに凌ぐ大々天才となりました。
まだ読んでいないのですが、私はこのカエサルが書き名著と呼び声の高い「ガリア戦記」なるものを是非この次の読むべき本と決めております。

読む前に私のつたない文章でもって「ニューヨーク戦記」と名付けてレポートしてしまうのは、はなはだおこがましいのは十分承知の上で、もう決めてしまったことなのでお許しください。
数日後にはUPします。

つづいて事務局よりお知らせです。
●展示会のお知らせ

来る4/12(水)〜14(金)に開催される展示会「第一回ジャパン シュー エキスポ」
http://www.zkkr.jp/event_shoex20060412.html に、当社も出展します。
OCS、ST-RELAXなどの当社オリジナル製品に加え、当社で靴作りを学んでいる
研修生の個人作品など、バリエーション豊富な靴を展示します。
ちなみに当ブログでも紹介した「刺し子靴」を展示しますのでお楽しみに!

●ホームページアドレス変更のお知らせ

既にブックマークを変更した方もいるかと思いますが、
4/1より当社ホームページのアドレスが変更になっております。
以下、変更後のアドレスです。
http://www.miyagikogyo.co.jp

「独自ドメイン取得記念」と銘打って、プレゼントなどを企画しているページをたまに見かけますが、当社はそのような企画はありません<(_ _)>。
こんなホームページですが今後とも宜しくお願いします。

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