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宮城興業の隠された歴史 第二話

明良のアイデアからなる「酒屋の新しいビジネスモデル」
「ディスカウントストアー」への鞍替えは一見順調かにみえました。
掛け売りだったものが現金収入に変わったことで
初めのうちは仕入れもスムーズに廻っていたのです。

しかし、その区域の同業者からの妨害は執拗でした。
石投げ行為はその後も続き、さらには造り酒屋に圧力をかけてきました。
おかげで区域内の有名所の地酒は仕入れが出来なくなってしまいました。
仕方なしに県境を超え、山形まで行き、馬車に酒樽を載せて
運ばなければならなくなってしまいました。

この頃の明良の店で売っていた酒は「水っぽい」という噂があったようです。
祖父がしていた商売で偽装の疑いがもたれているわけですから
私もそのままに捨ておけないと何度か調査をしてみました。

子供ながら店を手伝わされていた明良の長男、つまり私の父の記憶では
店の裏で酒樽に水を足す明良の姿を目撃したことが有るとか?無いとか?
自分でも足したことが有るのやら?無いのなら?
親戚が集まった酒宴で昔話しに花が咲き出すと
「水を足すことを業界用語では『玉を入れる』と言うのだ」と
不敵な笑いを浮かべては微妙な証言を繰り返しております。

醸造用アルコールも添加されていない米100%で造られた
「山形のおいしい地酒」をこよなく愛している私には
水増しされたお酒の味は知る由も無く、あったら絶対に飲まないと思いますが、
明良の店はなんら影響も無く繁盛を続け、
ニュービジネスは比較的順調に推移していたようであります。

 当時日本は世界恐慌、続く欧米のブロック経済化のあおりをうけ
 昭和6年には満州事変の勃発
 ついには昭和12年7月7日の盧構橋事件を発端に
 日中戦争へと突入。
 ますます孤立化し物資が極端に不足していた日本は
 国家総動員法を制定し戦時統制経済を導入する。

統制が始まるとほとんどの店の店先からほとんどの商品が姿を消すこととなりました。
明良の店も例外ではありませんでした。
では本当に商品はなかったのか?
いや明良の店だけは例外だったようです。
統制の下では、昨年の実績に基づいて配給が行われていました。
明良の店は、現金商売に変えたことで
薄利ながら相当量の物品を販売していたようです。
なので他の店の数倍いや数十倍の商品を扱うことが出来たようです。
しかし、それを素直に店先にならべるほど人の良い明良ではなかったのです。
店先では「ない!ない!」といってお客を帰していながら
事情を知った人には裏で足元を見て商売をしていたのでした。

この時代のどさくさにまぎれ
明良は当時のお金で5万円ほどを溜め込んだと言われています。

 こんな人の孫でありながらこんな悪知恵は持ち合わせていない私でありますが、
 親戚が集まったおりに、この祖父の遺伝子を一番多く受け継いだ人間はということになると
 一斉に私を指差します。
 トホホ・・・

To be continued.

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投稿: みんな の プロフィール | 2008.02.04 13:55

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