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宮城興業の隠された歴史 第七話

 有限会社「高彦商店」が設立された昭和6年といえば、昭和恐慌の真っ只中であり、日本経済は危機的な状況に陥っていたころである。しかし、明良の経営する店は比較的順風満帆であり、売り上げも順調に推移していたようである。だが9月には満州事変が勃発するなどし中国との戦争の影が静かに忍び寄っていた。昭和12年7月に勃発した支那事変により、昭和13年、皮革使用制限令が発令、皮革製品の販売も製造も禁止された。その後、酒造もどんどんと減らされ半減、そのままでは、どこの酒店・どこのクツ店もまったくお手上げの状態となった。

つぶれていく商店が大半をしめていった。「高彦商店」のクツ屋部門では、ウシ・ブタ・ウマなどの統制品であった革以外の代用品を使って作った商品を細々と売って急場をしのいでいた。ところがその時、陸軍省から軍靴製造の話が持ち込まれてきたのである。捨てる神あれば拾う神ありとはこのことであろうか?明良は代用品のクツを手に、じっといつまでもみつめていた。

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戦役に就こうとする石巻の若者たち

To be continued.

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