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宮城興業の隠された歴史 第九話

 会社を作った当初、明良はあえて社長には就かず、靴製造の経験を持った人に社長になってもらっていた。明良は裏方に回り、靴のノウハウも学ぶかたわら実質的な会社の運営も行っていた。12月に大戦がはじまってまもなくの頃、この社長に就いていた男は、実は悪者で株主から預かっていた会社の金を持って逃亡するという事件が起こった。社長が逃亡したとあって明良はじめ重役連中までもが全員、仙台北署に連行されてしまった。冬の寒い時期であった。監房での寝泊りは骨の髄まで凍りつく思いであった。だが人をだましたり、会社の金を悪用したりすることは決してない明良にとっては自分は潔白でありなんら権力を恐れる必要はなかった。銀行には多額の預金もあり、知人にも絶大な信用を有していたやめ、徐々に警察も特別な扱いをするようになり、特別に旅館か布団のさしいれなどもあった。そして3週間後に社長が検挙され事の次第が判明し、無罪放免となったのである。3週間の監房生活は明良にとって学ぶ点もあったとは思うが、この問題により、会社設立以来順調に推移していた陸軍からの仕事が信用不安のためストップしてしまった。その当時社員は340人ほどがいた。会社を再稼動するため、明良はすぐに東京に出向き、海軍省から新しく海軍の靴を製造する許可を得た。その後、何度となく仙台陸軍被服課にも足を運び、陸軍の靴の製造再開もかなうようになった。戦局が激化してくると陸軍・海軍ともに需要が増え、わずか1,2年の間に次々と工場を新設し4~5倍の増産をするようにもなった。明良はやる気さえおこせばなんでもやれるもんだと自信を強めていた。このころの「宮城工業株式会社」の従業員は2,000名ほどだったと伝え聞く。まがりなりのも軍需工場として扱われていたのだと思われる。

 この会社で働いていることは軍役を少しでも免れるに有利にはたらいたのだった。会社が人集めにはことかかなかったのである。

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大戦で明良は弟たちを失った。

To be continued.

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