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KAZの靴の聖地・漂流記、帰国編3

Photo_2  新しい工場の落成記念セレモニーに出席し、日本に帰国したKAZは深く考えなければならない事がありった。当時KAZの会社(もちろん宮城興業のことですが)で作っていたバーカーブランドの靴は、ただそのブランド力を利用して販売に繋げようとしていただけの代物。KAZにとって、製品の出来としては、まったく満足出来る物ではなかったのである。そしてKAZが、バーカー社で作られているものに負けじと作った完全コピーを目指した靴は、完成はしたものの、結局英国で作られた製品をそのまま輸入したほうがはるかに安いということまで判明してしまったのである。この時点で、KAZの気持ちは、またしても相当落ちてしまっていたのです。夢をもって英国に渡り、苦労しながらも何とか乗り切った。そして凱旋帰国とまではいかないまでも、そこで学んだ経験と知識を宝物のようにして帰って来た。そして父親が経営する会社に新風を巻き起こそうと張り切っていた。しかし、現状を考えると『英国で学んだことがまったく役に立たないのではないか?』と考えはじめていたのであった。

 悩みに悩んだ結果、KAZが出した結論はこうであった。今後、いっさいバーカーブランドの生産と販売を取りやめること。そして今後は、英国のバーカー社で作られた製品のみを本当のバーカーブランドとして日本国内で売れるように努めること。

 たまたま、当時のKAZの父親が経営する会社の状況は大手からの下請けの仕事が順調でバーカーブランドの靴の生産や販売はわずかしかなかったこともあり、それに頼る必要もなかった。そんな訳で父親も「お前がそう思うんなら仕方がない」と簡単に同意してくれた。

 バーカーブランドの件は落着したが、肝心なことは解決していなかった。それは、今後会社が目指すべき方向のことである。

確かに現在の経営は下請け仕事が潤沢で安定している。

父は更に下請けの比重を上げた方が良いと考えているようだ。

本当にそれでいいのか?下請けに甘んじることが悪いわけではないことは分かっている。

自社商品だけで現在いる160名の従業員を養っていけるほどの実力などもちあわせてもいない。

でも万が一、親会社から仕事を貰えないような事態が生じたらどうする?

更に、以前から議論されている自由貿易に移行したらヨーロッパからの輸入品が大量に入ってくることになる。

このままの仕事を維持していくだけで、その時になって本当に戦えるのか?生き残っていけるのか?

 残念なことに、まだこの時のKAZには、これらの問題に対してどうして行けば良いのか?

という明確な答えは持ち合わせていなかった。

 但し、その答えを見つける為にも、少しだけ一歩でも半歩でも前に向かって歩き出す必要があった。

ある日、父親に切り出した。

「工場の前に小さくても良いので店を出させてください」

こうして宮城興業の工場前にファクトリーショップ『タフ』が開設されることになった。

 

To be continued

 

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